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                    喫茶店C

                                      
 ながつき

 

 ぼくは絵を描く。それは単に趣味でしかない。これで食ってこうなんて考えた事もないが、特に人生に対して目標のないぼくは、一般社会を横目で見ながら、絵を描く。
天気の良い日には公園に出かけ、そこで真っ白なキャンバスに向かい合っているのが好きだ。別に公園の景色を描いている訳ではない。ただ、絵を描く。通りがかりの人が不信そうな顔をする。でも、いいのだ。ぼくは絵を描く。
 今日はまた妹が横にいる。時々昼日中から僕と一日公園で過ごす妹は、まだ学生だ。
まあ、だからと言ってぼくがそれをどうのこうのといえる身分ではないのだが。
公園にいるとき、妹から出る言葉は疑問形ばかりだ。
「ねえ、今日の最高気温て何度?」
「ねえ、この字なんて読むの?」
「ねえ、眩しくない?」
「ねえ、何で学校辞めたの?」
妹はここにくる時、図書館から借りた小説をいくつも持ってくる。
小説から目を離さずに、つぶやくようにこれらの疑問を並べる。その度ぼくもキャンバスから目を離さずに、うんとか、ああとか、適当な返事をする。
けれど不意に何気なく、本当に聞きたい事を混ぜてみたりする。
ぼくははっとして妹を見るのだが、至ってなんでもない風に鼻歌交じりに小説を読んでいる。
 妹は小説に対してあんまり感想を持っていない。それこそ作家が何十日、下手すると何年もかけて練り上げた作品を、なるほどねの一言で済ますのだ。ぼくは作家という職業に少しばかり同情する。なるほどねなるほどねなるほどね。3冊分の感想がたった15文字。
 空にはゆったりと雲が流れていく。気持ちのよい午後だ。平日の静かな昼下がり。
絵を描くと言うより昼寝がしたい。なにしろぼくが眠りについて3時間もたたないうちに
無神経にうちのドアをたたきまくった無法者がいたのだ。
「おにいちゃん、おはよう!」
そういうわけでぼくは久しぶりに午前中という時間に目覚め、せかされるままに公園にやってきた。妹は手にとても長い小説の3部作を持っていた。なるほどね。
「ねえ、今日雨降らないよね。」
「うん。」
「ねえ、今何時?」
「2時ごろかな。」
「ねえ、その女の人だれ?」
「、、、。」
妹は本を閉じてまっすぐにぼくの顔を見て言った。
「誰?」
ぼくが描いていた、女の顔をじっと見た。薄いブルーの背景に溶け込むような女の顔。
さっきから鼻のあたりが上手くいかなくって、真剣に絵の具と格闘していたのだ。
「誰って、、、。」ぼくにもわからない。誰なのか?
「人間も描くんだね。」
「そりゃ少しは学校でやったしね。」
「たまには私を描いてよ。」
「気が向いたらね。」
「彼女?」
「まさか。」
その顔はぼくの頭の中から出てきたにしろ、現実味がありすぎる。まるで目の前にして描いているように確信に満ちた線だった。
「なるほどね。」
「なんだよ。」
「本の感想だよ。」
キャンバスの中にはあいまいな表情を浮かべたままの女がどうしようもなく立ち尽くしていた。公園を流れる川に、夕日が反射し始めた。時計は3時をさそうとしている。
「小説って夏の話が多いわね。」妹はパタンと本を閉じた。
「すごーい、きれいな空。」
微妙なグラデーションに染められていく空は、そのままキャンバスに貼り付けてしまいたいくらいだった。
「このまま切り取ってそこに貼っちゃえば?」おんなじこと考えやがって。
 道具を片付けてキャンバスを抱え、僕らは公園を後にした。「コーヒーが飲みたい!」と妹が騒ぐので、近くの喫茶店に入る。ガラスのドアを日差しがまともに反射して、目に痛いくらいだった。「おごってね!」ドアを押すと同時に妹が言った。なるほどね。
カウンター席についてふと窓を振り返った。そこからまっすぐに西日が入ってきていた。
明るい光に包まれた窓際の席に、女が一人座っていた。
その姿にぼくは射抜かれたように動けなくなる。心臓すら止まってしまうくらいに。
「お兄ちゃん。」
妹がぼくを呼ぶ。
「お兄ちゃん。」
ぼくは抱えていたキャンバスを落とす。店内にがたんという音が響く。
「おにいちゃん!あの人」
わかってるよ。わかってる。窓際の女と目が合う。そして激しい記憶の渦が体を通りすぎる。
そこには髪を二つに結わいた、黄色いかばんと黄色い帽子と青いスモッグを着た女の子が見える。彼女も立ち上がって僕を見る。手にはしっかりと水色の手紙を握っている。

なるほどね。
妹と僕はほとんど同時につぶやいた。


                              《喫茶店シリーズ完》 ‥最後までありがとうございました



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                                 ながつきの夕凪

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